前回に引き続き、今日もブラックホールのお話をしていこうと思います。
前回の記事では、ブラックホールは非常に小さくて重い天体であり、その強い重力場のために光ですら脱出できない領域を持つということを書きました。つまり、ブラックホールの中(事象の地平面より内側)からの光は飛んでこられません。すると、光で観測する私たちはブラックホールの内部がどうなっているのかを知ることができない、ということになってしまうのです。そして、ブラックホールの内部がどうなっているのかを知るための一つの手がかりが、数式の力を借りる、というものでした。
ところで、このようになんでも吸い込んでしまう黒い穴なんて存在しているのでしょうか?実は、昔はブラックホールの存在をほとんどの物理学者は信じていなかったのです。
ブラックホールは一般相対性理論によってその存在が導かれます。(ちなみに、一般相対性理論の基礎方程式であるアインシュタイン方程式を「解いて」ブラックホールの存在を予言したのはアインシュタインではありません。カール・シュバルツシルトというドイツの天才物理学者が第一次世界大戦中に従軍中に方程式を解いて世界で初めてブラックホールの解を導きました。)しかし、一般相対性理論が確立される100年以上前に、光ですら脱出できない領域を持つ天体が存在する可能性がラプラスらによって指摘されていました。
この時代は、まだ光が粒子なのか波なのか決着がついていませんでした。そのため、光が非常に小さな質量を持った粒子であると考えれば、光もニュートンの万有引力の影響を受けるはずです。彼らは十分に重い天体があれば、光ですら抜け出せなくなる星が存在するだろうと考えました。
この考えに従って計算すると、質量がM [kg]のブラックホールの半径r[m]は
ということになります。(詳しい計算は次回解説します。)cは光の速さでGは重力定数です。この式によると、例えば太陽質量の天体がブラックホールになるためには半径3キロメートルに圧縮しなければならないということがわかります。当時の物理学者はこの結果を受けてこう考えました。「いや小さすぎるだろう」と。太陽の半径はおよそ70万キロメートルですから、ブラックホールにするためには太陽をおおよそ20万分の1に圧縮しなければいけません。これは非常に小さいですよね。僕らの身長は大きくても2メートルほどですから、その20万分の1とは、10マイクロメートルです。僕たちが細胞一つくらいの大きさまで小さくならなければならないということを意味しています。当然、それはなかなか想像しにくいですよね。当時の物理学者もそう考えて、本気にはしませんでした。
さらにこの後、光は波であるということが分かったため、ラプラスらの考えは棄却されました。しかし、20世紀に入って物理学に大きな進展がありました。それが一般相対性理論と量子力学の登場です。これらの理論が登場したことによって、現代物理学が幕を開けました。そして、一般相対性理論は、重力の本質は時空の歪みであり、光ですら曲げられることがわかり、さらに量子力学の実験から光は波でもあり粒でもあることがわかりました。200年以上前に考えられた、「光は粒であり、万有引力の影響を受けるだろう」という考えは、その後の科学の進展によって一度捨てられましたが、さらに進歩することで一周回って「実はあの考えもあながち間違いでもなかった」ということが分かったのです。もちろん、200年以上前の主張と現代の主張では、大きな違いがあります。しっかりとした理論の下支えがありますし、何より実験的に確かめられています。でも、「昔想像していたことが、一度は間違っていると思ったけど、実はある意味で正しかった」というのはワクワクしませんか?
こんな感じで「結局元鞘に戻るのだけど、戻ってきた時には前よりも深く理解している」ということって結構あると思います。僕は物理を初めて高校で習った時には「とりあえず計算してみよう。答えが出ればいいや。」という気持ちでした。しかし、学んでいくうちに、「計算して答えが出るのは当たり前で、その物理的な意味を考えるのが大事なんじゃないか」と思うようになりました。ちょうど、ラプラスの考えが棄却されたのと同じです。ところが、最近は一周回って「やっぱり計算できるだけでもすごくないか?」と思うようになりました。宇宙やブラックホールなど想像もできないような世界の計算をやっていると、解けるだけでもすごいなんてことはしょっちゅうです。また、確かに計算すれば答えが出るのは当たり前ですが、実はこれ、すごいことじゃないですか?現象を物理的に考えて解釈することはもちろん大事ですが、人によって様々な考えが出てきます。しかし、数式は誰がやっても、決められてやり方に従えば同じ答えが出るのです。これだけうまく動く道具もないのではないでしょうか。(使い手に左右される道具って結構ありますよね。例えば、料理に使う道具は、使う人の練度によって料理の出来が大きく変わってきます。)
このように、人の考えって結構ゆらゆら揺れていくものだと思います。でも戻ってきた時には前と全く同じ考えではなくて、前よりもより高次の層に理解のレベルが上がっているはずです。ちょうど螺旋階段のように、ぐるぐると回りながらも確実に上に登っていく感じですね。
ちょっと話が逸れてしましましたが、ブラックホールの大きさはニュートン力学で予想できるということでした。その存在は、一度は科学の進展によってその存在すら否定さてしまいます。しかし、一般相対性理論の登場によってブラックホールは数学的にも本当に存在することが予言されます。さらに観測技術の進展によって、どうやら本当にあるようだということも分かりました。
さらに興味深いことにブラックホールの大きさを一般相対性理論に従って計算してみると、実はニュートン力学で計算した値とぴったり一致することも分かりました。もちろん、理論的背景が全く異なるため、これはただの偶然ですが…でも、なんだか偶然には思えないくらいできすぎた話でちょっと面白いですよね。笑
次回は、今回端折ってしまったニュートン力学でのブラックホールの半径の簡単な計算についてみていくことにします。
Keisuke Ota / 太田渓介 Website
未知の教育への挑戦 ENHANCE The Horizon
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