宇宙の“箱”を開ける 第4回

前回は、“ブラックホール”の半径を、ニュートン力学で計算して、その半径がシュバルツシルト半径

と一致するということをみました。さらに、ブラックホールの数式

をみると、シュバルツ半径だけでなく、r=0でも半径が発散することが分かりました。この点のことを「特異点」と呼ぶのでしたね。今日はこの特異点に関するお話しです。(一般相対性理論では特異点には様々な定義がありますが、今日扱っているのは比較的ナイーブに意味での特異点、曲率特異点についてのみ扱うこととします。)

さて、数式の力を使ってブラックホールの中を垣間見た私たち。ブラックホールの中には特異点があるらしいということが分かりました。では、特異点とはなんなのでしょうか?特異点、特に今日扱っている曲率特異点とは、時空の曲がり具合を表す量である曲率が無限大の大きさを持つということです。これは物質が一点に集中し、密度や圧力が無限大に発散してしまうことを意味します。この無限大に発散するというのは非常によろしくありません。その理由を説明していこうと思いますが、その前に一点補足を入れておきます。もうお気づきかもしれませんが、無限大に発散する場所は「特異点」以外にもありますね。そう、事象の地平面(見かけの地平面)です!ブラックホールを表す数式はシュバルツシルト半径で無限大に発散してしまうのでした。これも特異点なんじゃ?と思えますが実はそうではありません。これはシュバルツシルト半径での無限大の発散は座標特異点と呼ばれるもので、座標のはりかたによって生じてしまう特異点なのです。座標とは、定規や分度器のようなもので、私たちが世界をどうみるかということを表しています。今の座標はブラックホールから無限に離れたところにいる人が見ている、ということを表しています。この“見方”は自由に変えることができます。例えば、ブラックホールに向かって落ちている人からブラックホールを見るとジュバルツシルト半径でもおかしなことは起こっていません。そのため、事象の地平面には無限大の発散は存在しないということになります。一方で、ブラックホールの中心にある特異点は座標変換をして見方を変えても相変わらずそこに存在し続けます。そのため、ブラックホールの中心では本当におかしなことが起こっているようだぞ、ということが分かるわけです。

さて、では話を戻して、「特異点があると何がマズイのか」ということについて考えていきましょう。特異点があると嬉しくない理由、それは微分方程式が発散してしまい、その点から先の状態を知ることができないとうことです。これについて実感してもらうためには、そもそも物理では何がしたいのか、ということを述べておく必要があります。物理でやりたいこと、それは“予言”です。もう少し具体的にいうと、例えば高校力学の目標は何かというと「ある時刻にある位置に存在するある速度の物体が一定時間過ぎるとどこに移動し、どのような速度を持つのか」を知りたい、ということです。それを知るためにはどうすればいいのかというと、運動方程式と呼ばれる微分方程式をたててそれを解けばいいのです。宇宙物理でも例外ではありません。ブラックホールについて調べるときも、ブラックホールの周りでは粒子はそのような振る舞いをするのかを考え、実際にどう見えるのか知ることが一つの目標です。ここで問題が生じます。例えばブラックホールに落ちていく粒子がどのように運動するのか知りたい時には、その粒子について運動方程式を立ててそれを解けばいいわけです。しかし、(曲率)特異点を通り過ぎると物理量が無限大に発散してしまうのでそれ以上微分方程式を解くことができなくなってしまいます。すなわち粒子がその後どのように振る舞うのか“予言”できなくなってしまうのです。これが、特異点があると嬉しくない理由です。

一般相対性理論では特別な過程を置かない限り、特異点は避けられません。そのため、ブラックホールの中心には必ず特異点が存在することになってしまいます。もし存在していると理論がそこで破綻してしまいますからこれは問題です。

これに対する解決策はペンローズによる宇宙検閲官仮説というものです。臭いものには蓋をしろという方式で、特異点は必ず事象の地平面に覆われてしまい、私たちは観測することはできないはずだ!と主張しているのです。特異点がもし存在していたとしても観測できないなら、別にいいじゃないか、ということです。しかし、この解決策も完璧ではないと考えられています。なぜかというと、ブラックホールの材料として、スカラー場と呼ばれるものを仮定すると、事象の地平面ができず、特異点が宇宙に剥き出しに存在してしまう、ということが起きます。このように剥き出しで存在している特異点のことを裸の特異点(Naked Singularity)と呼んでいます。(「夜学」のサブタイトルでも使われている言葉ですね!)

特異点が事象の地平面によって覆われていない可能性があるということは、特異点はやっぱり問題なわけです。臭いものに蓋をしたつもりが蓋をしきれなかったというわけです。では、どうすればいいのでしょうか?

そのためには、前提を疑ってみる必要があります。今まで当たり前のように正しいと信じてきた一般相対性理論。これは本当に正しいのでしょうか。前提を疑うことから始めてみましょう。

0コメント

  • 1000 / 1000

Keisuke Ota / 太田渓介 Website

未知の教育への挑戦 ENHANCE The Horizon